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赤の頁  他者への愛 (赤頭巾ちゃん気をつけて


   

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 庄司薫鮮烈のデビュー作 赤頭巾ちゃん気をつけて は東大紛争でゆれる当時の受験生に多いに指示されました。
 受験生のバイブルとまで言われた名著 赤頭巾ちゃん気をつけて は 映画化 テレビ化されました。
 赤頭巾ちゃん気をつけてのスタッフが分かりました。
 なんと監督は森谷司郎さんなんですねぇ〜。
 主演は岡田裕介 由美には森和代です。この後二,三作で消えていった女優さんです。
 スリムでぴったりだったようなぁ………。
 お母さんには風見章子さんです。
 この中に紹介される幻の回覧紙 馬鹿ばかしさのまっただ中で犬死にしない方法序説は極めてユニークでした。
 この本の中の本に助けられた人多い筈。
 その中で詳細に書かれているのは,『逃げて逃げて逃げまくる方法』
 元さんもこれに救われた一人でした。
 覚えてます? 問題が生じたらとにかく,逃げて逃げて逃げまくる………。
 逃げれるならばそれは自分にとっては大した問題ではない………。
 例えばいやな仕事が来る,したくなければ逃げ回る………。 でもって,それで問題が生じなければ,それは自分にとっては大した問題ではない。
 自分にとって極めて重要なのは,逃げても逃げても逃げ切れない時………。
 そうなったらどうしよう………,とまぁ最後に薫君は言うのですが………。
 何度も逃げ切れずにここまでいろいろな問題に足をとられて生きてきたのですが………。

2001年6月10日(日)讀賣新聞にこんな記事が………。



おいおい話しがちょっと違わない?
読めない方のためにこれをテキストにおこした方がいる。
すごいよね〜散歩学派のおおはしさんです………………(^^ゞ
まずはテキストで読むと………。。。

「今度の芥川賞読んだ?」
「ううん、まだ読んでないわ」
「あなたの名前が出てるよ」
 運命の知らせ言うべきか――。1969年、その年の上期の芥川賞受賞作は二編。うち『赤頭巾ちゃん気をつけて』というへんてこなタイトルの青春小説に、どうやら自分のことが書かれているらしい。情報をくれた新聞記者によれば、著者は庄司薫という男性だ。
<中村紘子さんみたいな若くて素敵な女の先生について(中略)優雅にショパンなどを弾きながら暮らそうかなんて思ったりもするわけだ>
 本の真ん中過ぎにある、主人公の高校三年生の独白に名前が使われているのを見つけたときは、「感激でボーッとなって」。しかし実は、そこに至るまでに作品自体の魅力に圧倒されていた。青年の何気ない一日をなぞるようでいて、奥底に、いかに生きるべきかというメッセージを秘めた文章。「なまめかしくて艶っぽくて、キャーッ負けた、かなわないって印象でした」。音楽もそうだが、人の心をつかむ作品には、言葉で表しれない艶があると考えている。
 その輝きに幻惑されたのか、表紙の裏にある著者の顔写真がやがて光を放ち始める。読み終えてからまじまじと見つめ直したときではなかったか。ひらめいたのだ。「ひげが濃くて泥棒みたい。だけど私、この人と結婚するわって」。なぜそう思ったのかはいまもわからない。だが確かなのは、すでに恋に落ちていたということだ。

そこからが早かった。知り合いの編集者から、庄司さんが缶詰めとなっているホテルを聞き出して電話。「よく覚えてないんですが、『中村紘子と申します。ピアノを弾いています。サインして下さい』と言ったらしいんです」。すぐ夕食に誘われ、自分が出したばかりのショパンのレコードを持って出掛けたが、「緊張で何ものどを通らない。しおらしかったの」。二十五歳だった。
 舞台を中村家に移した二度目の逢瀬は庄司さんが攻めた。ブランデーをグラスに十七杯も飲んでからピアノの向かった庄司さんがパラパラと弾きだしたのは、前回、自分がプレゼントしたレコードの収録曲の数々。「まあ、なんてずうずうしい」と思いながら黙って聴いていると、どうやら相手はこちらの様子を全く違うように受け止めたらしい。「あまりの演奏の素晴らしさに、感動して声もでなかったと思ってたって言うのよ」

 出会いから五年の後、二人は結婚する。だが、本がつないだものはこれにとどまらなかった。当時はピアニストとして今後、どう生きていくか悩んでいた時期。テクニックを磨くならば日本を出るべきだったが、それを思いとどまらせたのが、庄司さんを通した知識人との交流だった。
 評論家林達夫、政治学者丸山眞男らとの出会いは衝撃的だった。「私は受験勉強もしていないし、ものごとを一番吸収できる十代はピアノだけ。それが先生たちを知り、こんな世界があるのかと」。彼らは日本にいながら世界をしっかり見ていた。いや、日本に根を下ろし、自分の支えとしていたからこそ、世界を語り得た。ピアノも同じだった。「大事なことは自分自身を見極め、精神を育てていくこと。何を表現したいのか、はっきりとした意志を持つこと」。以来、日本を拠点に世界で活躍するのは多くが知るところ。「結婚で精神が安定し、よりピアノに集中できるようになった」とも言う。
 そういえば『赤頭巾』の最後で、著者と同名の主人公はこう語っている。<ぼくは海のような男になろう>。愛する女性を守る決意を表した言葉だが、もしかしたらそれは、作家自身が未来の妻に誓った言葉だったのかもしれない。
(文・村田雅幸)

紙面には写真が二葉掲載されています。一つは『赤頭巾』の表紙を開け、庄司薫氏の写真を示しているもの、もうひとつは、花嫁・花婿姿の庄司薫氏と中村紘子氏の写真。なんとわれらが庄司薫さんは白のダブルのブレザー姿でありました。まいったまいった、、、

散歩学派 おおはし



 今日次女の入試に付き合って,待ち時間がたっぷりあったので,文庫本を三冊持参したのです。
 でもって,一冊が 赤頭巾ちゃん気をつけて でした。
 あらためて 最初から読んでみると  この小説がとっても饒舌でしかも生きるための優しさを説いているのがよく分かりました。
 赤頭巾ちゃん気をつけて のタイトルのゆえんも あらためて読んで思い出しました。
 黄色いリボンの女の子のシーンを読んでるいるうちに涙が流れてしまって………。
 考えてみれば何度も何度もこの小説を読み直して,人生を真摯に考えていた時代が確かにあったのでした。もう30年も前なんですね。
 何時の間にか人生に流され流され,生きている意味も意義も見失い,ただパンのみに生きている人生。
 残念ながらこれが現実でした………。

 さてこれは余談だが,今回あらためて読んで,婦人中村ひろ子さんとの出会いもこの本であると再確認した。
 たった一行名前が出ただけの縁で二人は出会い,そして結婚した。果たしてそれが庄司薫さんの遠大な計画だったのか ?
 それとも偶然から始まった付合いだったのか?
 それにしても庄司薫さんは今何をなさっているのだろうか? 
 あの頃の話ではペンネームを変えて書くような事を言っておられたが,その後福田章二氏が新しい筆名で書き始めた事など耳にしない。 まるで幻のマンガ家『もりみのる』ように消えてしまったのだろうか?

990227 1011 ここは特に更新案内もせずに密かに書き加えていっているのだが,それにしても何時書き込んだか,後で分からなくなったりする。
 特に赤はどうしても思い入れが強いせいかどんどん記述が増えている。でもって今回から書き込んだ日時を頭に記載することにした。
 今回の追加は他でもない,赤頭巾ちゃん気をつけての書評を書いている方のホームページを見つけて,リンクの了承をいただいたので,その報告である。
 リンクのページから稀Jr's homepageをクリックして,そこの書評日記の一覧から323を選ぶと,この赤頭巾ちゃん気をつけての書評が読める………。
 もちろんこちらもどんどん増殖しているので,いずれ4色出揃うかもしれない………。